借りて来た大蛇

群馬県前橋市


昔、お諏訪さまから蛇を借りてひどい目に会った人がいた。この村ではけえこ(蚕)をはきたてると、ねずみにけえこを食い荒らされるので、村のお諏訪さまに空の籠を背負って行って、拝んで蛇を借りてくるのだった。しかし、その蛇は見えるものではないので、ある村のてえ(人)が疑ってかかった。

そのてえは空っ籠を背負ってお諏訪さまに行き、うんとでっけえ蛇ぃを貸してくれるよう拝んで、笑いながら帰った。ところがいつもと違って背負っている籠が重くなっていく。それでも村のてえは、お諏訪さまが蛇ぃ入れてくれるわけはねぇ、と帰り道を進んだ。

ついには籠が動き始めたので、手を入れてみると、冷たく太い手触りがある。村のてえは、拝んだ時は蛇ぃ入れるのは見なかったんだ、へえっているわきゃあねぇ、と家に飛んで帰った。

そして、籠をぶちおろしてみると、果たしてその中には、でっけえ蛇がたぐろを巻いて、舌をぺろりぺろりと出しているのだった。村のてえは、お諏訪さまがふんとうに蛇ぃ貸してくれた、勘弁してくんな、と蛇に謝ったという。

『前橋とその周辺の民話』酒井正保
(群馬県文化振興会)より要約

追記

前橋のどこと記述がないので、どの諏訪神社のことかはわからない。前橋には法人社で六、七社の諏訪神社があり、合祀されたものや単立小社を数えれば相当な数のお諏訪さまが鎮座されているだろう。このあたりでは、家が祀っていたような祠という諏訪様でも蛇を貸すというのだから、大きく構えられた諏訪神社だけを検討すればよいというものでもない。

ともかく、神社から借りてくる神使いというのは、普通は目に見えない存在とされ、どこにもこのようにそれを疑った挙句にその姿が現れてしまい仰天する、という話がある。殊に養蚕と蛇という関係においてはよく語られ、引いた話も典型的な筋といえる。