おたあ明神

山梨県甲府市

要害山麓の瑞岩寺の石段下に一路を隔てて「おたあ」という女が住んでいた。女一人で暮らしており、村の人々が心配して縁談など勧めたが、おたあは、立派な夫が定まっているから、と言って話を受けようとはしないのだった。

そのおたあは毎日盥を持ってどこかへ出かけていた。彼女の様子が気になる村人たちが見張り、後追うようになり、その不思議な日課が知れた。おたあは南東二十町ばかりもある山頂の池に行っては洗濯をしているのだった。家の近くにも水はあるのに、とますます村人たちは不思議がった。

そんなことが評判になり、彼女を見る者が増え、遂にはおたあの知るところになってしまった。そして彼女は姿を消した。人々は彼女は沼の主になったのだと噂するようになった。以来、池の周りには大きい蛇が現れるようになったので、おたあの化身であると信じられた。

自分たちが彼女を盗み見していたのが悪かったのだ、と村人たちは悔い、山上の池岸に「おたあ明神」の祠を造り祀った。今も小池があり、旱天にも涸れることがない。また、彼女の住んでいた跡は家を建てても栄えないので、ずっと桑畑になっている。

山梨県西山梨郡教育会
『西山梨郡郷土研究 第2輯』(昭12)より要約

お話の舞台は今は甲府市(上積翠寺町)。現在の様子などは分からない。この話にも竜蛇神に仕えた巫女の末裔のような感じがある。その名が話の筋を暗示する系統に見えるが、「おたあ」は音羽だろうか。

普通はその池で洗濯などすると竜蛇は怒るものだが、村の人にはそう見えただけで、実際は神事が行われていたのかもしれない。織布を水に晒した、というような。