おたあ明神

原文

要害山麓に瑞岩寺という寺がある。其の石段下一路を隔てて約四畝歩計りの小さい畑があって桑が樅々として育っている。昔は此処に一軒の家があったそうだ。そしてその家に一人の「おたあ」という女が住んで居た。女一人で淋しいだろうとは一般の同情する所であった。それで平素から懇意にしている人達は

「どうでしょう夫を御迎えになっては。」

「私の遠縁に恰好な人がありますけど。」

と心配してやる者もあれば、養子をすすめる者も多かったが「おたあ」はいつも

「御親切は有難うございますけど、私には立派な夫が定っていますから。」

と断ってどうしても夫を迎えようとはしない。隣家の人達は余りに不思議だというので、みんな彼女の行動に注意する様になった。彼女は何とて仕事をしている様子にもないが毎日毎日盥を持っては何処かへ出かけて行く。

「何処へ行くのだろう。」と衆人の評判になった。

物好きは彼女の行動について看視するのであった。彼女はそんなに人が不思議に見張るとも知らず、例によって例の如く、毎日彼の盥を持っては家より南東方二十町計りの山頂の池に行っては洗濯をするのを日課としていた。

「何をああして毎日洗濯するのだろう。」

「家の近くにも水があるのに、山の上迄行く必要もないだろうに。」と又復衆人の口の端に載る様になった。

こんな事を村人に見届けられたのは或夏の日の事であった。之が評判となって物蔭等から垣間見る者が日に増した。それが遂に彼女の知る所となった。斯くして夏も過ぎ、秋の落葉が池にちらちら散り、やがて池の岸に薄氷さえ張る頃彼の女は池に入水して此の村から姿を消して了った。誰いうとなく、「彼女は池の主になった。」という様になった。

それ以来往々大きい蛇が姿を現わすので村人は

「彼女の化身である。」

「吾々が追従して仕事等見届けたがった事が悪かった。」

と一面彼女に同情し一面自分等の行動を悔いて其処に祠を作って「おたあ明神」と祀ることにした。

現在も山上に如何なる旱暵の時にも涸れることなく水の湧いている。小池があるが其処に祠は依然として残存している。又大きい蛇が姿を絶えず現わすことも事実である。そしてそれ等を殺しでもしようものなら、その家には必ず病人が出ると言う。其の後彼の女の屋敷には何度か家を建てられたが何時も栄えないので、附近の田畑は宅地に変っても此処ばかりは現今も畑になっている。

山梨県西山梨郡教育会
『西山梨郡郷土研究 第2輯』(昭12)より