井の頭の弁天様

原文

〈話者〉美好町 小沢ハル(M36生)

〈調査者〉宮沢邦子・森明子

こういう話しましょうか。昔、聞いた話だけどね。あのー、井の頭の弁天様は女でしょ。それでね、東京の、不忍池からね、その蛇さんがね、聟にきたんですって。それでね、ある時さ、昔だからね、人力屋がいたでしょ。駅のところに待ってたでしょ。そうしたらね、そこの車屋さんとこへさ、侍の、二本差した侍が、りっぱな侍が来て、「おい、車屋、僕を乗せてってくれ」ってわけなんですって。で、「どこまでですか」っていったら、「井の頭の橋の上だ」ってわけなんですって。そんだけども、「うしろ見ちゃいけない」っていうんですって。そんでね、なんだか、こんな、箱だかなんだかくれて、「これをやるから、ふた取って見ちゃだめだ」って、渡してくれたんだって。

そんで、まあ、車引(し)いてね、あの侍だから、いい侍だと思ってさあ、ガラガラガラガラ引いてきたんですって。そんで、井の頭の橋の上へね、きたら、振り向いちゃいけないっていうから、向かなかったんですって。「止まれ」っていうから止まって、そうしたらね、人力がね、かしんだんですって、こっちへね。それから、不思議だと思ってね、ひょっと見ちゃったんですって。そうしたらね、大蛇、大蛇がね、大蛇になったってさ、その、侍が。それでね、びっくりしてさ、見てたらね、こんな太いですって、大蛇だから。人間なってただから。そーれでね。むこうの池はいってね、どうもすいませんていうようにね、首をのびのびとしてね、その車屋さんを見たんだってさ。

それから、その車屋さんは、もうおっかなくってさ、ガラガラガラガラガラガラ、家へすっとんで行ってね、そんで、その箱を、見ちゃいけないっていうだーけんども、見たくってしょうがないから、ちょっと見たんですって。そしたら、桐の箱の中に、蛇さんの苔がはいっていた。その苔を見たんだけんども、しまっちゃったらしいですね。そうしたら、そこの家はね、もう、お大尽になちゃってね。もうモクモクモクモクね。すごい、りっぱなお大尽になってね、そんで、その、今でも蛇さんが、はいったとこは、渦が巻いてたんですって。井の頭の弁天様ですから。それでね、そこへね。そこへはいっちゃったらしいですよ、だから、毎年毎年ね、飯台へお赤飯を蒸して、そこへほうりこむんですって、その。そうすんと、そのね、お赤飯はからっぽになってね、その飯台は浮いてくるらしいです。そういう話。

(補注)話者は国立市出身。

 

[類話]

〈話者〉是政 高木和吉(M37生)

〈調査者〉中村智子・美濃部京子

不忍池へ、人力にのって井の頭弁天様が来たっていうだよ、主よ、その人力が青くさかったとかなんとか。

府中市立郷土館
『府中の口伝え集』より