昔、漁師たちが沖の網を引き上げると、その日に限って不漁で、どの網にも雑魚一匹かかっていないのだった。ところが諦めつつ最後の網を引き上げると、大きな手ごたえがあって、竜のような頭をした一匹の怪魚が上がってきたのだった。
漁師たちは気味が悪い叩き殺そうとか、見世物に売ろうとか勝手な言いあいをしたが、そこで驚いたことに怪魚が口をきいた。いわく、自分は竜王の子であり、うっかり網にかかってしまったが、逃がしてくれたらお礼をする、と。漁師たちは竜王さまは自分たちを海から守ってくれる神様だから、と逃がすことにした。
すると、怪魚はお礼に時化が近付いたら海の底から太鼓を鳴らし知らせましょう、と約束した。それからは、時化が近付くと、ドドーンと音がして、波が船に当たるようになったのだという。
浦賀水道を渡った三浦半島でも「漁師のお神楽」といって海の底で太鼓が鳴るという(『東京湾漁撈習俗調査報告書』)。これを三浦の漁師は「漁があるべえ」と豊漁の徴とする。内陸上州伊勢崎は宮子でも「龍宮の農太鼓」の話があって、これは田植え開始を知らせるのだという。
ここ富浦では時化の合図だと語っている。いずれ何かの合図ではあるのだが、その内容はいろいろに解釈され語られているようだ。はたして対応する実際の現象などがあるものなのだろうか。いずれ竜蛇と太鼓のモチーフへとつなげていきながら、考えたいことではある。
そこはさておき、ここでは、房総の海の竜宮の子息を助けた、という面で参照するために引いておいた。富浦では見たように怪魚だが、白浜のほうへ行くと、美しい娘となって助けた漁師の嫁となる話がある(「竜光山にまつわる話」)。端緒は同じながらどこでこう話が違ってくるのか、というのも考え所だ。