利根の海の蛟

群馬県沼田市

大仁鳥の臣は戸河の瀧岩を割り、利根の海の水を落とし、沼を陸とした。鳥の臣は朝から晩まで駆け回り、人夫たちに指南し、田を開いた。しかし、所々にはまだ深い淵もあり、そこには利根の海の主だった蛟が棲んでいた。

ある夕暮れ、鳥の臣が家路を急いでいると、深い淵から何丈という大きな蛟が出て躍りかかった。そして、鳥の臣がひらりとかわした刹那、どこからともなく現れた異様な姿の男が、只一刀の下に蛟を斬り殺してしまった。

その男は諏訪大神であったという。鳥の臣が初め勅を奉じて東國へ下り、信濃の諏訪の湖に仮の一夜を明かした時、諏訪大神が枕元に立ち、彼の優れた腕を賞美し、その身を守ろうと言った。このお告げが現実となり、住処を追われ鳥の臣を憎んだ蛟であったが、自分が殺されてしまったのだった。

利根の海の跡は立派な田となり、故に沼田と呼ばれた。この地方の村々に諏訪神社が祀られるのもこの由来によるという。また、川田村の屋形原は昔館原と書いたが、鳥の臣の館が構えられていた所だという。

暁風中島吉太郎『伝説の上州』
(中島吉太郎氏遺稿刊行会・昭7)より要約

諏訪の神は、そもそも鳥の臣が信濃諏訪湖も干拓(埋め立て)しようとし、その神巫と邂逅する段が、旧事紀の前段にある。鳥の臣は、美濃の田を開き、信濃の内海を悪龍に襲われながらも田とし、諏訪湖を埋めようとして神に会い……という活躍の末に上野に来るのだ(さらに越から出羽に向かう)。