蛇体奇談

栃木県那須郡那須町

那須の芦野は白河への宿として知られたが、かつて生源沢沿いに芦野石という石を産し、石工たちの村があった。その中に鄙には稀な垢抜けした女房がいたが、あるとき二十五、六の立派な武家姿の男と知り合い、逢瀬を待つようになった。

そんなある日、武家はこの女房を東竜山の邸に招き、頼みごとをした。実は自分は東竜山の主なのであるが、自分の子を生んでほしい、と。これを女房は承諾し、年の暮れには玉のような男の子が生まれた。母子ともに健在であることを聞いた武家が訪れ、次のような変わったことを言い出した。

曰く、自分は蛇体なので、この後巳の刻になると、さらに数え切れないほどの蛇の子が生まれることになるだろう、と。果たしてその通りとなったが、それまで控えていた武家はその蛇の子たちを布に包み、この子は出家するだろう、この子は害虫を駆除し農民を救うだろう、この子は医師となって病魔を退散させるだろう、などと語りながら一匹の蛇の子を残して持ち帰った。

残された蛇の子はたちまちの間に愛らしい人間の男の子となり、朝太郎と名付けられ愛育された。そして、長じてお夕という妻を迎え、二人の男子をもうけて平和な暮らしを送った。朝太郎は五十五歳となった彼岸の中日に出家を志し、東竜山生源寺を創建したという。

妻のお夕も出家し、与楽寺を創建し、ともに住持となった。その後二人は相次いで入寂したが、この二人を葬った塚が一夜のうちに二個の奇石となった。これが芦野名所の夫婦石であるという。

小林友雄『下野伝説集 追分の宿』
(栃の葉書房・昭7)より要約

極めて重要な伝説。夫婦石・与楽寺・生源寺(東盧山揚源寺)ともに現存する(東竜山が不詳だが)。寺の縁起であったのじゃないか。芦野の夫婦石にはまた別の伝説もあり、二つの石が夜になるとくっつくという伝の信仰対象でもあるようだ。

また、朝太郎が蛇として生まれて人間の子に育っているさまがはっきりと語られている点も非常に重要だろう。英雄としての蛇息子の話につながる本邦ではまれな事例かと思われる。