三つの石

栃木県日光市

小来川から日光へ行くには、山中の細道が一本あるだけだったが、その途中に滝が原というさびしい里がある。昔、日光山には沢山の坊さんがいたが、その中に、村々から厳しく税を取り立てる坊さんがいた。凶作に食うや食わずの年もその坊さんは弟子二人と税を取り立てに来たので、ついに村の衆は怒り心頭に発した。

そして、谷あいを来る坊さんたちに、上から大石を落としかけ、押しつぶしにかかった。弟子二人と馬はそれで死んだが、坊さんは体を挟まれまだ生きており、最期に馬と鞍は石になれ、われら三人は蛇となって沢に毒水を流してやる、と言い捨て、村人たちに斧で切り殺された。

しかし、その言の通り、谷川には馬石と鞍石と蛇石が現れた。蛇石に石を三回投げつけると、大きい蛇が一匹と小さい蛇が二匹出てくるという。また、馬石はそのくぼみにいつも水をたたえており、罪もなく殺された馬の涙だ、といわれた。

蛇石と鞍石の間の沢の水は、殺された三人が蛇となって流す毒水だといわれ、山道を歩いてのどが渇いてもこの水はだれも飲まない。その水が谷川に落ちる向こう岸には果てなく杉林が続いているが、中には誰がつくったのか、坊さんと弟子二人の墓が立っている。

栃木県連合教育会『しもつけの伝説 第8集』より要約

もう南は鹿沼市という小来川(旧村名)から日光に来る道とは、今の県道277号線だろう。その途中の滝ヶ原には、今もその各石がある。類話を見ていると、どうも滝ヶ原が日光からの徴税に苦しんだというのは現実の話のようである。

興味深いのは、その結末が流れ続ける毒水ということであり、殺生石の話に近い感じになっているところだ。恨みの蛇は、なるほど封じられた九尾の怨念のような話にも近づいていきやすい。そのような連続感がこの土地にはあるのだと思って見ていく必要があろうかと思う。