鉄の針

茨城県那珂市

昔、向山の女房が昼寝をしていると、垂木から一匹の大蛇が落ちかかろうとしたが、躊躇ってなかなか落ちてこない。亭主がこれを見て、不思議な事をする蛇だと思い、寝ている女房の傍に寄ってみると、帷子の襟に太い針が光っていた。亭主はこれを恐れているのかと、針を取ってまた隠れて様子を見た。

すると、蛇は女房に落ちかかり、変な所へ入ろうとするので、驚いた亭主は急いで蛇をつかんで外に捨てた。起きた女房が言うに、夢うつつの中に、一人の美しい男が来て、口説かれた、そこに亭主が来て追い払ってくれたのだ、と。細い針ですら毒蛇毒虫を除けるので、必ず寸鉄を身につけておくものだ。

大録義行『那珂の伝説 上』
(筑波書林)より要約

向山の話とあるが、これは『古今著聞集』巻第二十魚蟲禽獣第三十「摂津國ふきやの下女昼寝せしに大蛇落懸かる事」である。蛇が女の秘所に入ろうとした、という記述は『著聞集』にはないので、昔話ではよく語られるそのモチーフを加えたものといえる。

さて、大録義行『那珂の伝説』には、このような中世の説話集である『著聞集』に見る話を常州那珂地方の昔話として採録しているものがいくつかある。上に見るように、『著聞集』上でそれが常陸の話だった、ということもない。

なぜこのような話が那珂にあったのかは不明だが、正しく土地の人の口承にあったならば、いつか昔の物知りが『著聞集』から引いた話が土地の伝説と化した例、となるかもしれない。