鉄の針

原文

昔、向山村に貧しい女が住んでいた。ある夏の暑い日に昼寝していると、その家の垂木に一匹の大蛇がまつわりついていた。そして、女の寝ている上に落ちかかろうとしたが、幾度も幾度もためらって、なかなか落ちてこない。

これを見た女の亭主が、「不思議なことをする蛇だ、どうするか見届けてやろう」と、そうっと障子の破れ目から覗ていると、蛇は落ちかかろうとして、やはり心配そうに引き返す。これは仔細があるに違いないと、寝ている傍によって、よくよく見ると帷子の襟に太い縫針がピカピカ光っていた。

「さてはこれを恐れてためらっているんか」と、そうっと針を抜き取って、また障子の陰に隠れてじっとようすを見ていると、蛇はさも安心したように、やがて女の上に落ちかかり、変な所に入りこもうとするんで、亭主は驚いて、急いで蛇をつかんで外に捨ててしまった。

今まで良い心持で寝ていた女が目をさましてさも驚いたふうに夫に物語ったことには「夢とも現ともなしに、一人の美しい男が来て、私を口説いているところにあなたが来て追っ払ってくれたんです」と。

これを聞いた亭主は感心して「そうかそうか、昔から鉄を肌身につけておくもんじゃといわれていた。こんな細い針でさえ、毒蛇毒虫も恐れて近づかねえ。鉄にゃ神さまがのり移っているんじゃ。はじめてこの目で見た」と、大いに感心したという。

大録義行『那珂の伝説 上』
(筑波書林)より