ラナオ湖の巨人

フィリピン:イリガン市、ラナオ・デル・ノルテ州

ラナオ湖には巨人がひとり住んでいて、そこを通る人は必ず捧げ物をしなければなりません。最初は、誰もそんなことを知りませんでした。ところがある日、湖を渡っていた男の目の前に、いきなり静かな湖面を割って巨人が現れ、彼の小舟を手のひらにのせて、こういったのです。
「おれ様のところに捧げ物を持ってくるように、みんなに伝えろ。でないと、村に大洪水を起こすぞ、とな」
巨人は小舟を水の上におろして、岸辺に向けてぽんと押しました。かわいそうに男はすっかりおびえ、村に駆け込むと、巨人の言葉をそのまま伝えました。

長老たちの会合では、この話は男の作り話だ、信ずるに足りないということになりました。三日が過ぎても、何ひとつ捧げ物が届かないので、巨人は足で水をあちらこちらへはね飛ばし始めました。土手から溢れ出た水は、村に流れていきました。この時初めて、村人たちは男の言葉が本当だったと知り、湖の真ん中に住む巨人に捧げ物を持っていきました。

マリア・D・コロネル『フィリピンの民話』(青土社)より原文


このラナオ湖は、太古の神々の足跡が湖になったものだとも、近古にあのザビエルが布教に来たときサンダルを片方落として以来、そのサンダルの形になったのだともいわれるところだが、要するに足の形という点が強調される湖でもある。ちなみに「ラナオ(Lanao)」とは「湖(ranao)」というそのままの意味だそうな。

その湖に巨人が棲んでいたというのだから、これは日本のダイダラボッチの足跡の沼地の伝とかなり近い感覚なのじゃないかと思う。水と密接に結びついた巨人というのはフィリピンでも語られたのだ。

日本の水辺のダイダラボッチ伝説では、その存在が洪水を起こすという展開にはならない。これが実に明快に「洪水を起こすぞ」と竜蛇のようなことを言っているあたり、非常に目を引くところでもある。この湖周辺に暮らしたマラナオ族(そのまま「湖畔に暮らす人々」の意)には膨大な口承叙事詩が伝えられたそうで、そこからより広くこの湖が語られる模様などを見ていくと、浮かび上がるものがあるかもしれない。