聖留窟の大蛇

韓国:慶尚北道蔚珍郡近南面九山里

慶尚北道蔚珍郡近南面九山里には、有名な聖留窟があるが、昔はこの洞窟におろちがおり、近寄る人は命を失うといわれていた。おろちは龍となって昇天しようとその日を洞窟の中で待っていたのだが、人に見られると龍になれなくなるので、人が近寄るのを嫌ったのだ。

ある時、隣村の洪という力士が龍になろうとするおろちの口の中にあるという夜光珠を得ようとたくらみ、櫟(くぬぎ)の棒を手に洞窟に赴いた。夜光珠があれば欲しいものは何でも手に入ると言われていたからだ。しかし、彼は出会うなりおろちにひと呑みにされてしまった。

この時運良く櫟の棒がおろちの喉につかえ、力士は気を失わずにおろちののどの中をうかがうことができた。ところが、そこにあった夜光珠はできたばかりのもので、何の役にも立たないと知った力士は、どうにかおろちの口から逃げ出して帰った。その後、洪は病気にかかって体が弱くなり、死んでしまったそうだ。おろちの方は龍となって昇天したという。

崔仁鶴(チェ・インハク)『朝鮮伝説集』(日本放送出版協会)より要約


竜蛇の持つ宝の石(珠)にはいろいろな側面があるが、基本的には接する富を増殖させる働きを持つとされる。そうであったならば、それを得ようとしたという話がたくさんあるはずなのであり、実際あるのだけれど、韓国にはその「発生の現場」をとらえようとした豪傑がいた。力士というのはお相撲さんではなく、英雄にはなれなかったが同じような力を持て余していた豪傑や悪太郎のような存在をいう。その力士の洪が狙ったのが、「夜光珠」なる竜蛇の宝の石だ。昇天して龍となろうという大蛇の口中に発生する、と語られるところが実に興味深い。

これが結果として「できたばかりで役立たずだった」というのだから、口の中でだんだんに成長していくもの、というイメージがあったのだろう。そもそもこのような蛇石の系は蛇の唾液毒液などが凝り固まってできるもの、ということになっているものだが、正しくその系譜であるように見える。また、「夜光」といわれるとほのかな光のようだが、中国『捜神記』の「隋侯珠」などは相当の光を放っているようなので、同系とすると驚くほど明るいものと思っておく方が良いようだ。

453 隋侯珠
隋県(湖北省)を流れる溠水のほとりに、断蛇邱という丘がある。昔、隋侯がこのあたりまで……

本邦越後の「蛇崩れの玉」も光っているが、このような崩落の際抜ける蛇はまた、昇天して竜となる蛇と同じ位置付けの存在としても語られるので、双方はかなり近い宝の石を語った話であったかもしれない。

蛇崩れの玉
新潟県三島郡出雲崎町勝見:勝見の崖から大蛇が海に入って大崩落が起こり、海中に光る石が残された。