蔡龍王の話

中国:重慶市

昔、涪陵県〔四川〕に、母と二人暮らしの蔡という男がおり、人の家の牛の世話をしていた。そんなある日、草地の草を牛に食べさせても翌日には草が青々と生えそろっている、ということがあった。牛に食べさせ、かごいっぱいに草を刈っても翌日には草地は元通りに生えそろうのだ。

ひと月ほどそのような事が続き、男は好奇心を起こして、草地を掘って草の根を引き出してみた。すると、突然きらきら輝く一粒の真珠が現れた。男は真珠の価値などわからなかったが、気に入ったので家に持って帰り、母親知らせると、珠を何気なく米がめの中に置いた。

今度はかめの中の米が食べても食べてもなくならなくなった。珠を銭箱に入れると、銭が使い切れないほどになった。男の家は貧しくなくなり、近所の者が金や米を借りに来るようになった。しかし、男は宝の珠のことが知られとられることを恐れ、それを口に含んで何も話さなくなってしまった。

ところが、ある時拍子でその珠を呑み込んでしまった。途端に男の腹の中で雷が鳴り、たまらなく喉が渇いた。男はかめの水を飲み干し、川の水まで飲みだした。そして、川の水をいくらも飲まぬうちに、男は巨龍と化してしまった。龍は牙をむき出し、前足を振り上げ、別れの挨拶でもするように頷くと、母のもとを去った。母親は悲しみにくれて死んだ。
『民間月刊』二巻八期「蔡龍王故事」

『中国昔話集1』(平凡社東洋文庫)より要約


さすが中国というところで、竜蛇の玉とはこのようなものであるべきというイメージそのままの伝説。しかも、驚いたことに、同書のタイプ分類の解説によるとそのタイプ名は「龍の卵」であり、若者が卵を見つけて、その卵に触れたものが際限なく増える、という筋が典型であるらしい。

紹興の龍池山というところには「娘」が龍の卵を呑む伝説があるそうで、この場合は「大力になり去る」という筋であるという。巨人伝説へのハンドルも含んでいるのかもしれない。

しかし、これほどまでにストレートな展開をみるにつけ、なぜ日本ではそういったストレートな筋が語られなかったのだろうか、というところが非常に気になる。また、日本から見てだが、昔話の型というものが本と末というよりユニット状のモチーフの散開と再接続によって伝播するということがよく見える話でもある。