白蛇山のはなし

佐賀県伊万里市東山代町

今から八〇〇年程前のこと。浦川内上の岩山に洞穴があり、白蛇が棲んでいた。とても美しく心根の優しい白蛇で、次のように語ったそうな。

自分は夫と黒髪山に棲んでいた。乱暴者の夫が鎮西八郎為朝に討ち殺されたときは深い穴を掘って隠れた。ほとぼりが冷めたころに西へ逃げ、この浦川内の洞穴に至った。夫の悪行を止められなかったことを悔い、毎日仏を拝んでいた、という。

すると白蛇の夢に薬師如来が現われ、人の姿にしてあげようといった。その代わり、病に苦しむ人々を助けるように、と。こうして白蛇は尼僧になって、何年も人の病を治して暮した。

寿命が尽きるときが来ると尼僧は、今日は夫の命日だから一人で参らせてくれといい、人々を早くに帰らせた。皆が妙だと思って翌朝尼僧のもとへ行くと、姿はなく、太い白蛇の脱け殻だけがあったという。村人は洞穴にお堂を建てて、白蛇の尼僧への感謝とした。

『伊万里市史 民俗・生活・宗教編』より要約


なんと、あの黒髪山の大蛇に白蛇の妻がいたというお話。為朝の大蛇退治は周辺派生話が膨大にあるが、多くは地名の由来譚であり、もしくは生贄になることをかって出た万寿姫の方へシフトする話である。そこにこういった大蛇そのものを掘り下げる方向の話もあったわけだ。

黒髪山にはそもそも諾冉二柱がその子「天童」を遊ばせたところという神話があり、「夫婦の神の山」であった可能性が強い。そこの大蛇に妻がいたのだ、という感覚は重要だ。その妻だった白蛇は、暴虐の黒髪山の大蛇とは完全に対称をなす、人々を病から救った尼僧として語られている。

武士の大蛇討伐譚には、古い時代の信仰への幕引きの意が込められているものも多いと思うが、黒髪山もあるいはそうであるのかもしれない。夫婦の神と夫婦の大蛇の距離が縮まる程に、その色合いは濃くなっていくだろう。