梁とり淵

静岡県富士市岩淵

兵太夫の東、焼津大富中新田との境に梁とり淵と云う小さな池がある。昔一人の百姓が池のそばを通つていると池の中に長さ三間位の大木が浮んでいた。丁度その百姓は家を新築中であつたので(コレワよいものがある。あれを拾つて梁にしてやろう。)とその大木を引寄せ、イザ引上げようと大木に手を掛けたトタンに空は俄かにかき曇り、あたりは真つ暗となり、雷が鳴りはためき、強い風が荒れ狂う中に不思議やその木は大蛇と変じ、農夫を丸呑みにして姿を消した。それ以来この百姓の姿は見えなくなり、人々はこの池のことを梁とり淵と云うようになつた。

松尾書店『史話と伝説 中部篇』より原文


少しこの伝説をもとに、微妙な点を押さえておきたい。大木と思ったら(丸太橋だと思ったら)大蛇だった、という話は、おそらく竜蛇伝説としては最も多く語られるものなのだが、概ね「居たのは大蛇であり、それを大木と見間違えた」というニュアンスで語られる。

大蛇の橋
山形県南陽市小岩沢:川の氾濫で足止めを食った殿さまの前に蛇が橋を架ける。

これが、この岩淵のように浮かんでいたのは正しく大木であり、その大木が「不思議やその木は大蛇と変じ」たのだというなら、これは木が蛇になる話であることになる。この差はちょっと重要なのだ。

すなわち、樹木そのものの精が蛇として語られたか否か、というところにかかわってくるわけだ。そういう意味で、この小さな伝説ははっきり変じているという描写があるところが重要となる。樹木の精と蛇の話は以下など参照されたい(これも静岡の話)。

大杉の精
静岡県静岡市葵区日向:姫が大杉の精に見初められたので、大杉を伐り舟を造り、姫を乗せ川に流した。