河童(どちろべい)

岐阜県郡上市内:旧美並村

(その三)頭に皿があって、それにねばいぼつがついていて人をひくという。あまり長いこと子どもが川に入っていると、「どちがひく」といった。

(その八)女の子が水浴びに行って、岩の上に登って休んでいると、河童(かわやろ)が蜘蛛に化けてやってきた。首に糸をかけては水の中に入り、また上ってきては糸をかけて行くので、おかしいと思って首から糸をはずして、すくんでいると、水の中から引っぱった。かわやろは一つ歯で頭に皿があるといわれる。(深戸)

『美並村史 通史編下巻』より原文


美並村の河童の話が列挙されている中から二例抜いた。河童の話はきりがないのでよほどのことがないと扱わないが、これはいくつか注目すべき点がある。まず名前、そして蜘蛛に化けていること、さらに「一つ歯」であるとあること。

「かわやろ」ともあるが、総タイトルに「どちどろべい(おそらく〝どちろべい〟の誤り)」とあり、その名の方がよく用いられるようだ。この名はすなわち「どち郎兵衛」というようなもので、「どち」が河童を指しているので「どちがひく」などといっている。

「どち」とは「めどち」からの略と思われ、「めどち」とは「みづち」である。要するに、河童は蛟だという名前なのだ。これはアイヌの方まで「ミンツチカムイ」などとして渡っている河童の別称の一大潮流といえるだろう。竜蛇との関係という点では象徴的な呼び名である。

次に「蜘蛛」に化けている点。水淵の女郎蜘蛛はのべつまくなしに人に糸を掛けて引こうとするものだが(賢淵など)、その正体が河童だ、というのは覚えておいてよい事例だと思う(それなりに語られる話型ではあるが)。蜘蛛は竜宮の機織姫(蛇)からの繋がりで水怪となると思われるが、河童と直結はしない。機織河童などというのは聞かない。

そして最後に「一つ歯」であること。これは嘴のことをいっているのかもしれないが、あるいは蝮部(たじべ)・丹比部(たじひべ)につながるイメージという可能性もある。その設立のもととなった反正天皇(多遅比瑞歯別天皇)は、生まれてすぐ既に一本骨のような歯が生えていた、と『水鏡』にある(瑞歯の名の由来)。

これが一体どういう形状の「歯」をいっているのだかいまひとつよくわからないのだが、同じ特異な「歯」をいっているのだとしたら、そのイメージが「どち」まで広がっていた、ということになるだろう。美並のどちろべいたちは、こういったいくつかの注目すべき要素を持っている。