麦草のしゃくとり

長野県北佐久郡立科町

立科町の芦田というところに、麦草という地名がある。

そこには、しゃくとりという化け物がいたんだそうな。そのかたちは、苔蒸した古い木のようで、大きさは一抱えもあるといわれているが、それをはっきりと知るものはないという。

さて、寛永十五年(一六三八)四月。八重原せぎの普請のとき、人夫たちがあちこち歩いていると、山の脇に大きな曲がりくねった古い木があった。

人夫のひとりが面白がってその木に上り始めた。ほかの者もあとからついて上ったが、三人目まで上がったとき、木が急に動きだし、一文字になって山の方へ走り去ったと思ったら、たちまち姿を消してしまったと。

振り落とされた人夫たちが村の古老に話したところ、それは、しゃくとりという化け物だと語ってきかせたそうな。

編著:和田登『信州の民話伝説集成 東信編』(一草舎)より原文


全国に「尺取り虫に体を測られると寿命が縮む(患う・死ぬ)」という俗信がある。尺取り虫は妖怪ではなくて、普通の蛾の幼虫のことだ。これは尺取り→メートル(m)→命取りというダジャレのようでもあるが、あまりにも広い地域で言う。より古く「宿取り」の含意などはなかったろうか。

もっとも古かったとしても、これが竜蛇と何か関係するのかというと全く分からないのだが、どうも気になっている。そして、立科にはこのような「しゃくとり」という蛇のような怪が伝えられていたわけだ。

ところがこちらの「しゃくとり」は今度は特に寿命とは関係していない。相変わらず特に寿命と竜蛇と尺取り虫の関係に何かあるといえるわけではない。が、ひとまず「しゃくとり」という大蛇のような怪が語られることはあった、と覚えておきたい。