福原長者

神奈川県足柄下郡箱根町

昔福原長者におうのう姫と千代姫という姉妹の姫があったが、今の母は継母であった。その継母が、父の長者が三年の役で上京したのに乗じ、姉妹姫を苛めはじめた。継母は父様からの廻状が来たといっては、姉妹の姫に無理難題を申しつけるのだった。

あるいは青松葉で竈に火を起こすようにといい、あるいは籠で七つの甕を水で満たすようにといい、その度に姉姫は困って泣いたが、妹の千代姫が気丈に知恵を絞って困難を乗り越えてしまった。そこでしまいには、継母は父様から姉妹を島流しにするようにという廻状が来たといって、二人を船に乗せて大海に流してしまった。

三年して戻った父は姉妹の不在をいぶかしみ、妻に問うと、妻(継母)は悪者が姉妹をさらって海の彼方へ去ってしまった、と答えた。父の長者はそれでは自分は六部となって島々をたずねて姉妹を探そう、と出家してしまった。

そしてある時、ある島に父の六部がたどり着くと、御出家様、と呼ぶ声がする。それは窶れはててはいるものの、確かに姉のおうのう姫であった。しかし、その膝枕にはあれほど気丈だった千代姫がちょうど今しがた息絶えて横たわっているのだった。驚いた父はすべてを聞き知り、涙した。すると姉姫と父の涙が千代姫の口に入り、妹娘は忽ちにして息を吹き返した。

三人は抱き合って喜んだが、この世がつくづく厭になって、神として暮らそう、ということになった。そこで、姉のおうのう姫は大原明神に、妹の千代姫は三島ノ明神に、父は箱根ノ権現となって、それぞれ鎮座した。

ところがこれを嫉んだ継母は、自分にも一社よこすようにと無理をいった。そこで三人の神は相談して、諏訪ノ明神にしてやるから一週間待つようにと継母にいうと鍛冶屋に鉄の鎖を作らせ、その鎖で継母を繋いで諏訪の湖の中へ沈めてしまった。それからお祭には一鉢の強飯を湖水へ入れてやる。水中の継母の機嫌がよいと水はよく澄み、鉢には魚など入れて返す。機嫌が悪いと湖水は真っ黒に濁り、鉢も何も潰してしまうのだという。

箱根神社社務所編『箱根神社大系 下巻』(名著出版)より要約


箱根の東側の宮城野や仙石原は諏訪明神を鎮守として祀るが、このように箱根の信仰そのものが諏訪との接続をはかろうとしたという面がある。

元来は箱根の縁起というのは箱根・伊豆山・伊豆三島の三神を結ぶものとして成立していくが、これに諏訪を結びつけようともした、ということになる。

この福原長者の話そのものが、旧来の縁起の天竺の姉妹が継母のいじめにあって日本へ逃げて来て箱根・伊豆山・三島の神々として示現するという筋を基にしているのは一目瞭然であろう。

もともと縁起の継母も大蛇になって追ってきて芦ノ湖に封じられるのだが(九頭竜の伝と重なる)、これと諏訪の蛇神を重ねようとしたようだ(無論諏訪で諏訪の明神は箱根の継母の化身だなどとはいわない)。湖中に強飯を沈めるというのは箱根芦ノ湖の九頭竜祭祀の神事である。

しかし、姉姫の大原明神というのは不詳である。箱根内で大原といったら仙石原の箱根湿生花園のあるあたりの湿地をいったが、最寄りの神社は仙石原諏訪神社だ。ここに関係する話なのかどうかというところだが、仙石原諏訪神社の方からはこのような話は聞かない。