笙を吹くソンビ

韓国・慶尚北道慶州市

昔、一人のソンビがおり、池のほとりに亭(あずまや)を建て一人暮らしていたが、笙が好きでよく吹き、その美しい音色に村人からは笙を吹くソンビと呼ばれていた。その夜も、ソンビは池のほとりで笙を吹いていたが、いつの間にか見たこともない美しい娘がそばに立ち、笙の音に聞き惚れていた。

尋ねても娘は身寄りのない身だとしか答えなかったが、さらに夜通し笙をせがんだ挙句、ソンビのそばに置いてはくれないか、と言い出した。ソンビは娘の美しさにすっかり心を奪われており、二人は夫婦となった。ソンビは毎日笙を吹き、幸せな暮らしが続き、季節は春を過ぎ夏が来た。

ところが、この夏には雨が全く降らず、村人たちの雨乞いもさっぱり効果がなかった。農夫たちは天を恨んだが、誰よりも心を痛めているのは、美しい娘のようだった。彼女は旱魃がひどくなるにつれ憔悴し、やがてある晩こっそり家を出て行方をくらませてしまった。

ソンビは狂ったように探したが、娘は見つからなかった。それもそのはずで、娘は池に住む龍だったのだ。雨を降らせるのが仕事の龍が、ソンビの笛の音に惹かれて人の姿となり、池から出てしまっていたので、雨が降らなかったのである。

やがて笙を吹き叫びながら娘を探すソンビの耳に、池の中から「ここにいます」という娘の声が聞こえた。ソンビはそのまま池に飛び込んでしまったという。笙の音は聞かれなくなったが、池の底からはソンビと娘が愛を語る声が聞こえるという。

崔仁鶴・厳鎔姫『韓国昔話集成2』
(悠書館)より要約

慶尚北道慶州で記録された話とあるが、その地のどこかの池の伝説というものであるかどうかは不明。話中特に地名は出てこない。ソンビというのは(선비)、「学識がすぐれ、高潔な人柄を持った人」を指す呼び名。

多く科挙に通った官吏をいったようだが、隠遁する者も多くあり、そちらをチョサ(処士、처사)といったという。この笙を吹いた男もその処士の趣のある人だろう。

ともあれ、このように笛の音に龍女が惹かれるという話は、韓国でもよく通じるイメージであるようだ。無論それは中国大陸に渡ってもよく見られる話となる。

ここでは、その点もさることながら、その結果「龍が人となって池から出てしまったので旱魃となる」という流れが語られているところにも大いに注目したい。池の主の竜蛇が人となり人里を訪れる話ではあっても、本邦でその結果旱魃になるとはあまりいわない。

ただし、池のヌシが去って池の水が涸れる話などには一脈通じるものがあるだろうか。水を司る神霊との交渉の方法、そのイメージの違いが表れているところかと思われる。