比良の八荒

滋賀県守山市

三上山の麓の鏡村におまんという娘がいた。ある年、奉納相撲に出るため比良からやってきた八荒という力士を見て、おまんは一目で心を奪われ、相撲が終って八荒が比良に帰ってしまうと、今浜(守山市)から盥の舟をこいで比良に向かった。追い返されても毎日毎日通うので、八荒は「百日毎晩通ってくるなら嫁にしてやろう」と約束する。おまんは比良の灯籠を目当てに通い続け、ついに九十九日目。ところが、八荒がその夜灯籠の灯りを吹き消したので、おまんは方角を失い波にのまれてしまったのである。ちょうど三月二十日の夜のことで、翌日今浜の岸に盥が打ちあげられ、おまんの櫛をくわえた大蛇が横たわっていたという。今もその頃になると湖がひどく荒れ、比良の八荒荒れじまいと呼ぶ。(『竜王町のむかし話』)

『日本伝説大系8』より

これは守山市今浜の「硫黄屋(いおや)まつり」の縁起であり、樹下神社に「硫黄夜祭伝説物語」として伝わったという。おまん大蛇の死体から硫黄を得たのだというが、このあたりは意味が良くわからない。蛇骨の話のようでもあるが、「りゅうおう」の音からかもしれない。

「比良の八荒、蛇で渡る」などとも言い回され、悲恋譚以前に今浜の竜門の竜蛇が比良の竜門へと渡る話であったような類話もある(同『大系』)。底本が『竜王町のむかし話』とあるが、竜王町の方には三井寺へ行って鐘になったという竜女の話があり、龍王寺には比良木の竜女が残したという鐘がある。なにがしかの「渡り」の伝がもとにあった可能性は強いだろう。