手石の弥陀窟

静岡県賀茂郡南伊豆町

昔、甲州葦ヶ窪に小俣左衛門尉という人がいて、お葦という娘があった。ある時、お葦は今日から来た若い僧に心を寄せ、思い余って葦が淵に身を投げてしまった。そしてその一念が毒龍となって僧を巻き殺し、附近の人たちも苦しめた。

嘉禄年中、甲州等々力の精舎に赴く途中の親鸞上人がこれを聞き、小石に弥陀の名を書き、淵に投げ入れ娘と僧の供養をした。するとお葦は観音大士、僧は勢士大士となって現れ、また小石も浮いて二菩薩を導き、それらは南を指して飛んだ。

この青白い光が南方へ落ちて行ったのが、伊豆の手石窟であり、三尊が現れ給い、今弥陀窟と呼ぶ。満潮の時を利して小舟にのり、この洞窟の中に三尊を拝するのであるが、読経の声唱名の響きが岩窟内に反響し、森厳、自ら襟を正さしめるという。

後藤江村『伊豆の伝説』
(国文館・昭10)より要約

手石の弥陀窟は今もあり、不思議の窟として知られる。中に「仏像」があるわけではなく、特定の期間に差し込む光がそう見える、というものであるらしい。手石にはまた別に、漁師がこの窟に鮑を採りに入ったところ、弥陀の姿があらわれ……という別の伝もあるが、このように甲州郡内との縁を語る話もあるのだ。