烏帽子山の背後に一ノ谷、二ノ谷、三ノ谷という地があった。一ノ谷と二ノ谷の際に小滝があって、旱魃にも涸れなかった。その傍らに洞があったが、ある時、里の童子三人が夏草刈りここに来、洞中から雷のような鼾がするのを聞いた。童は一目散に逃げ帰って、万福寺でこのことを語った。
住僧(名を失す)はこれを聞き、それは巨蠎の巣窟だ、放っておいたら必ず災いを成す、と調伏に入った。不動尊に幣を立て、十七日の修法をしたところ、一夜大嵐となり、一ノ谷の山が数十間崩れ、小滝の水は落ちなくなった。この時、蛇も他に去ったという。(駿國雑志)
名はわからないという万福寺の僧だが、この地には一方で、かつての大沼の悪龍を宇陀上人という聖が降伏し、万福寺が開基されたという伝があり(「水上池悪龍」)、その変型であると思われる。
またの類話では毒蛇は鬼岩寺に去ったといい、その鬼岩寺の中興開基・静照上人(平末鎌初)こそが大蛇退治の高僧であるともいい、先の蛇が他に去った、というのもその流れだろう。なぜ沼でなく滝の消失の話になったのかは不明だが、近くにこういった話もある、ということではある。