山中城落城の折、城主松田康長は隠密にだまされ、それが元の内乱で殺された。それで魂が浮かばれず、竜となって城そばの田尻池へ現れ、所の人々を困らせたのだった。
ある時、一人の旅僧が田尻池へ出かけ、三日三晩懇ろに弔い、それで康長の竜は姿を現さなくなったという。この僧が何処の誰であったのかはまったく伝わっていない。
後北条の築城を代表する西の守りの山中城、とはいえ秀吉の小田原攻めに際し七万対四千では如何ともしがたく半日で落ちた。城主を任された松田康長も奮戦むなしくここで戦死したが、そこに内輪揉めがあったという伝があり、恨んで竜となったという。
今城址公園は整備され、中に田尻池もある。竜が棲むというのには小さいが。しかし、落城の姫が入水し蛇になったり鰻になったりという話は多いが、城主自らが竜蛇と化すという話は珍しい。上州稲荷山城主大野新三郎の残念が大蛇と化していたなどという話はあるが、そのくらい離れないと類例が思いつかない。
ただ、源平を反映する白赤の蛇、などという話は伊豆にもある(「赤い蛇と白い蛇」)。海に没した平家一門が竜宮にいるというイメージの強さからいっても、武家の残念が竜蛇になる、というのはもっとあってもよいような気もする。