昔、和田(わつだ)に大きな杉があり、朝日が昇るころにはその影が日向村の原坂までかかっていた。その原坂に忠左衛門という旧家があり、原坂姫と呼ばれる美しい娘がいた。いつの頃からかこの姫のもとに美男の武士が通うようになった。しかし、その正体は知れなかった。
心配した忠左衛門が武士の袴に麻糸を縫い付けさせ、あとを追った。すると、糸は和田の大杉の中へと入っていた。娘が杉の精に取り付かれたと驚いた忠左衛門は、その杉の大木を切り倒してしまうことにした。ところが、多くの人を使っても、切葉が夜のうちに戻ってしまい、いっこうに切り倒せなかった。
そこで切葉を燃しながら切ることにし、七日七夜かけてどうにか大杉は倒れた。その際キリクイと大きな音を立てたので、そこを切杭という。それから忠左衛門は因縁のついた原坂姫をその大杉から造った舟に乗せて大水の際に流した。
流れ行くうちに姫の手足がとれてしまい、足の流れ着いた所を足バラ、手の着いた所を手越と今にいう。舟の流れ着いた所は舟山といった。このことがあってから忠左衛門の家では麻を作らぬという。
同地の木魂神社の縁起がもとである、極めて重要な伝説。驚くべき話である。『大系』では「苧環伝説」の名で収録されているが、まぎらわしいので名を変えた。幾つか類話があり、細部に異同があるが、大杉の精に見初められた娘をその杉から造った舟で流すという点は同じ。
最も重要な類話としては、辿って大杉につくと、大杉のウロに大蛇がおり、飛び出してきて山中の池に逃げる、というものがある。そしてまた別の類話に、流された姫の手足が取れてしまうが、そうして「娘は蛇になり」といっているものがある。それぞれの話に断片が分散してしまっているが、総合すると、大杉の精が大蛇であり、見初められた娘も蛇体と化す、という話であったと思われる(そうでないと流された姫の手足が取れるという筋の説明がつかない)。
「おりゅう柳」とか「阿古耶の松」などの、大寺や大橋の用材となる大樹の精の有名話からは、蛇というモチーフが完全に脱落しているのだが、そこには密接な繋がりがあったのだと確信させるに足る一話である。