口坂本のある狩人が、蛙の皮七枚で貼った鹿笛を携えて村奥の変痴石の上に上って吹き立てた、大蛇現われてその石を七巻きして、鎌首を擡げ呑もうとする。狩人は肩にした銃を打たがひるまない。玉が尽きた、背嚢から小刀を出し、金物を外して弾となして射た。大蛇は西北に逃げた。草木靡いて道をつくった。大蛇は蛇骨と称する所で斃れた。通った跡を波打、斃れた所を蛇骨。蛇骨の地の石は白色の粉を吹き、ジャカ石のようなのが多い。村民は蛇の油が石に浸込んだのだというている。狩人の乗った石は白髭神社の川原にあって、高さ約十間半、周囲約三十丈、石の上に古松一本聳えている。(井川村誌)
口坂本温泉付近の話と見えるが、各小地名がどこにあるのか現状不明。変痴石というのも不明。白髭神社というのもこのあたりは沢筋ごとに祀られているので特定しがたい。ともあれ、このような伝があってそういう石が産したのだそうな。
西に尾根を越えて川根本町へ行っても、「蛇骨沢」があり、石が産したという話がある。そちらは石灰石のようだが、口坂本のほうも同じようなものだろうか。
「蛇骨」と呼ばれるものには、温泉地にあって湯の花による石をそういう場合もあり(相州箱根の蛇骨川など)、温泉が絡むならそういうものであるかもしれない(どちらにしても同じようなものだろうが)。ただ、こちらのほうは蛇骨そのものとはいっていなく、蛇の油が石にしみ込んだのだとしているところは面白い。