瀬戸淵の主 長野県下伊那郡阿智村 波合村を貫いて流れる波合川の下流に瀬戸淵と称ばれる淵があって、その水底は深見の池に続いて居るそうであるが、其処に住むヌシは一匹の大蜘蛛であった。ある日一人の百姓、岸の石へ腰をかけて釣をして居ると、何処からともなく一匹の小蜘蛛が出て来て、細い銀色の糸を吐いてその百姓の足を岸の樹の根へ十重二十重に絡らめ着けた。百姓が漸くそれと気付いた時、水底の方で「ヨイショ」と云う掛け声が聞えて、そのまま百姓はするすると水の中へ引き込まれてしまったそうである。 岩崎清美『伊那の伝説』(山村書院・昭8)より NDL ここもまた深見の池とのつながりを語る(「深見の池と貝鞍が池」など)。また、『長野県史 民俗編』には、瀬戸淵はまた、竜宮まで続く淵で、いろいろな道具を貸してくれた淵だった、などという話もある。今もある岩を穿つ滝下の釜の淵だ。 蜘蛛が淵の話は、絡められた糸に気づいて、その糸を近くの根株などに掛け替え難を逃れる筋と、こうしてそのまま人が引かれてしまう筋がある。難を逃れる筋には土砂災害などの予知があるのじゃないかと思うが(「池の平」など参照)、そのまま引かれてしまうとなるとそうともいえない。 東信のほうに行くと、こうして糸を掛ける水の蜘蛛は河童の化けたものだなどという話がちらほら見え(「蜘蛛になった河童」)、また女が糸を掛けてきたりもするが、この話も蜘蛛の糸だけに縦横に交錯している面がある。 ツイート