松が池

長野県佐久市

昔、岩村田の農家にお松という女があった。年頃になってもお松は機織りができず、それを苦にして池に身を投げてしまった。お松が死んだ頃になると、池の底からかすかに機音が聞こえてきた。

松が池は、水が豊富で田植えもできる池だった。しかし、ある年大嵐が来て、それから年ごとに池の水が減り、田植えもできなくなった。大嵐の夜に、池の主のお松は松原の池へ越したのだという。

『限定復刻版 佐久口碑伝説集 南佐久篇』
（佐久教育会）より要約

岩村田宿は岩村田藩の中心で陣屋のあったところであり、山村のお話というのではない。話にもあるように池はなくなっているので、それがどの辺りだったかというのもよくわからない。

話自体は特に変わったところもない機織り池の話といえるだろう。機織りがうまくないのを姑に責められて、という筋があるかないかくらいの典型話ではある。

注目したいのは、最後のヌシのお松が松原の池へ越したから池がなくなったのだ、というところ。松原湖は畠山重忠の母の竜蛇の湖であったが（「畠山重忠と龍」）、それ以外にもこういう移動の話があるのだ。

また、お松は主だというだけで、竜蛇だといっていないが、東信にはそういった話の傾向があるのかもしれない。上田市の大日向のほうには、移り移って上州榛名湖になってしまったという池の話があるが（「榛名山の池になった池」）、このあたりも竜蛇の池というよりも、池そのものが移っているイメージが強い。