平次の段

山梨県南巨摩郡南部町

樽峠の東寄りの山頂は平らになっていて、昔池があったという。どこの人か知らないが、平次という狩人がここに狩に来たことがあった。平次が見ると、池の水際に蝶がいて、その蝶を蛙が狙っており、またその蛙を蛇が狙っており、空には鷹がその蛇を狙っていた。

平次は鷹を狙って近づいてくるのを待っていたが、ふと、次から次へとみな狙い合っていて、では自分も誰かに狙われているのではないか、と思った。その時、後方より「平次とったか」と声をかけられ、平次は驚き逃げ帰り、そのまま死んでしまったという。それよりここを平次の段と呼ぶようになった。

富沢町教育委員会
『富沢の民話と体験記 第一集』より要約

この山を石合の人は平次と呼ぶそうな。池はもうないが清水があるという。『富士川谷物語』では、この池には竜が住んでいた、とあり、同じ話「平次獲ったか」の頁には竜の挿絵がある。平次を狙っていたのは竜だということだろう。

獲物を求め山にいる人に、いずこよりか声がかかるというのはよくある話で、その正体は山男であったり、蜘蛛ヶ淵のヌシであったりする。そういう点では珍しい話ではないが、その経過が狙い狙われる連鎖の果であるというのは特異で面白い話だ。