お天王さんと龍神

山梨県甲州市

恵林寺山の麓にお天王さんがある。毎年七月二十三日の祭典では、藤木から小屋敷を経て三日市場天王宿までの御輿の御渡があった。これには、次のような伝説がある。昔、炎天の夏に土地を疫病が襲い、老若男女に死者が続出し、農作物も枯死寸前となった。

そこへ白衣の行者が現れ、龍海寺を訪れ話を聞くと、それはあの山の疫病神の仕業に違いないと、疫病神退散の祈祷を始めた。大喝声風雲龍を呼び、行者は龍にうち跨り、風雨の中八方の疫病神を退治し、恵林寺の麓に消えた。この異変の後、疫病は快方に向かい、農作物もよみがえったそうな。

これはあの行者のおかげであると、村人は山裾に龍神を祀った。これがお天王さんである。祭典の御輿の渡御は、この時の龍の通った道筋なのだ。御輿は田の中を通ったが、不思議と稲作に被害はなかったという。

『塩山市の伝説・民話』(塩山市教育委員会)より要約

お天王さんは八坂神社(地図上は八坂大神社)として今も鎮座され、立派なエドヒガンがあることでも知られる。一方、境内には巨石が祀られてもおり、これが恵林寺山上に見られる岩が土石流で流されてきたものではないかという。その辺りの事情を反映した伝説であるのかもしれない。

ともあれ、龍神を天王と祀った、とはっきりいっている事例として貴重なものかと思う。牛頭天王(武塔神)は竜宮と縁があり、また河童の頭領として水によく関わりはするが、こうはっきり同一視されることは少ない。