円井池

山梨県韮崎市

昔、宇波円井に、反正天皇の皇女円姫(つぶらひめ)が足をとどめられ、里人に機織りを教えたり学問の手ほどきなどして親しまれた。住まいの間近に池があり、姫は魚を放って餌をやり、その成長を楽しみとしていた。

ところが、ある初夏のこと。姫が山を散策し戻ると、愛犬がけたたましく吠え、見ると池の魚を漁夫たちが捕っている。姫は大声で、その魚を捕ってはなりませんと忠告したが、漁夫たちは聞かず、姫は魚籃から魚を池に投げ入れ、捕える手を制した。

漁夫たちが躍りかかってきたが、姫は護身の秘法をもって男たちを制し、歯が立たぬ漁夫たちは退散した。しかし、この揉み合いの際、姫は片目を負傷し失明してしまった。姫はそれからも池の魚を愛し、里人たちには変わらぬ情けをかけ、生涯を終えたという。

以来、十月二十四日には姫の霊を慰める火伏の祭がおこなわれる。池畔に逆杭を打ち、ヌルデの木で三爐をつくり法印が護摩を焚いたという。池は円井池と呼ばれ、石祠があったが、今では訪れる人もまれになり、上円井の神社に移された。

内藤末仁『新版 韮崎市の民話伝説』より要約

現在も舞台ははっきりしているが、池はもう水がない。引いた話にはその記述がないが、こういったことで円井池の魚は片目の魚なのだ、という結末になっていた。今でも池跡畔に石祠はあるようなのだが、戻したものか。そもそも上円井の神社(持久神社か)に移したとあるが、円姫伝説のあるのは下円井の宇波刀神社のほうだが(式内論社に比定される前は、姫が勧請した諏訪神社という伝だった)。

さて、直接竜蛇は出てこないこの伝説だが、注目するのは一点、その祭祀のこと。「逆杭を打ち、ヌルデの木で三爐をつくり」とある。どちらも池のヌシの竜蛇が嫌うとされるもので、その効力で竜蛇を立ち退かせる場合もあれば、それにより「蛇抜け」しようとする竜蛇をそこから出さない、ということもある。そういう呪物だ。

ここではそれが火伏の祭祀であった、という。水神格の竜蛇が抜けてしまうと、里に火の害が蔓延する、という話は多い。してみると、これは円井池の竜蛇を抜け出させないようにする、という祭祀であったのではないか。円姫の伝説にはそういった要注目の要素がある。