夢見石

山梨県甲府市

信玄公或る日山頂に登り下界の風景を跳めていたが、急にねむくなり、そばにあった大きな石を枕にまどろんだ。天人のような美しい女がどこからともなく現われて語りだした。
「わたしば、三味弾きです。一曲奏でて進ぜましょう。」といったかと思うと、袋の中から数多くの寄せ木を取りだして組みたてはじめた。
めずらしい三味もあるものだと、見蕩れているうちに女は全部組み終へて、まさに弾きはじめようとする時、夢から目覚めた。
「ああ、夢であったか。」とみれば、体中がくもの糸に巻かれてあった。
「変な事もあればあるものだ。」と思って帰館されたが、それ以来くもは、いつも信玄公の枕頭に出ては戦の吉凶を占ってくれるようになった。
信玄公没して後も夢山には、くもが多いので誰ともなく「夢山の主はくもであった。」ということになった。
それからは、誰でもこの石にまどろむ者は必ず佳夢を見るとつたえられている。草刈る男や薪採る山稼共が時々佳夢に微笑まされたというが、現在もこの山にはくもが随分たくさんいる。
(西山梨郡志より)

甲府市webサイト「おはなし小槌・第二集」より

夢見石は夢見山(夢山)の頂上にあるといい、これは信玄の父、信虎が子の誕生を知らせる夢を見たという山に同じところである。信虎の話はまた信玄が曽我兄弟(五郎)の生まれ変わりだという話でもあり、また信玄が竜の申し子だという話でもあり、と大きな話なのでさておく。

ここでは、その同じ場所で信玄が天女の夢を見、起きると「体中がくもの糸に巻かれてあった」というところに注目したい。これは蜘蛛ヶ淵の話ではないが、そこでつながるのだとすると大変興味深くなる、という話なのだ。