昔、長谷の駕籠かきが極楽寺の切通しの坂の下、磯端あたりで、一人の女に呼び止められた。建長寺まで送ってくれというその女を小田原提灯の光で見ると、着物がびっしょりと濡れているのであった。不審に思ったが、女が小判を差し出したこともあり、駕籠屋は送ることにした。
女一人乗せているだけなのに、随分と重く感じられたという。やがて建長寺の門前についたが、女は山内の方丈の方まで行ってくれという。言われたとおりに送ると、女は決して振り返らないように、といって庭の方へと歩いて行った。
気味悪くなった駕籠屋が急いで帰りかけると、後ろの庭で大きな水音がした。思わず振り返ると、高く上がった水煙の中に龍の姿が見えた。駕籠屋は胆をつぶして方丈に駆け込み和尚に事の次第を話したが、和尚は少しも驚かずに、それは池の主だという。この間から房州へ行っていた主が帰ってきたのだろう、と和尚はこともなげに言うのだった。駕籠屋があわててもらった小判を出してみると、それは見たこともないような大きな鱗であったという。