昔、吹上峠には蛇が沢山いた。ある人が山仕事で峠に行ったとき、シュルシュルと気味悪い音がして、前を見ると何十匹もの蛇が集まっていた。蛇たちは重なり合って動き回り、さらに次々と草むらから蛇が出てきて仲間に加わっている。六畳ほどの広さが蛇でいっぱいになった。
蛇など見慣れているこの男にも、吹上の蛇が全部集まったかのようなこの光景には、さすがに鳥肌が立った。これを「こひきヘビ」といい、恐ろしい光景だが、出会うと立身出世し、お金にも困らなくなるという。
これは所謂蛇の甑(こしき)のことで、狛江のほうでは複数の採話が記録されている(「へーびこしき」)。蛇が群れになってとぐろを巻いた状態が甑のようだからそういうという。
甑のことを青梅では「こひき」という、ということはないだろうから、元来の意味が忘れられている事例、ということになるだろう。話の感じからすると、「子引き」であって、子どもたちを引き連れて群れになっている蛇、というようなイメージだろうか。もしそうなら、ひとつ音が違っただけで、だいぶん違った印象になっている、といえる。
まだ「それに出会うと福を得る」という点は変わっていないが、さらに派生話が語られたりする際は、青梅ではずいぶんと変わった蛇の群れの話ができるのだろうと予想される。