出原の氏神の化身は大蛇であった。大蛇はことのほかこうせんまんじゅうが好きだったので、毎年祭には供えられた。供えた後時間をおいて村の人が見に行くと、こうせんまんじゅうには大蛇の歯形が付いており、これは縁起の良いことと人々に喜ばれた。
しかし、大蛇とはいえ氏神、まんじゅうを食べているところなど見られるわけにはいかないと常々思っており、その姿を見られたことはなかったそうな。
ところで出原のこうせんまんじゅうはうまいから、よその大蛇がそれを狙うこともあった。東に抽の木というところがありまた大蛇がいた。この大蛇は娘に化けるのが得意で、そのようにして出原の祭にまんじゅうを食いにきた。
通りがかりの男が娘に会い声をかけると、水を飲んでから出原のこうせんまんじゅうを食いに行く、と答えた。男がそこへ戻ってきたとき、今度は大蛇がとぐろを巻いて井戸の水を飲んでいたという。
今も出原のバス通りに面して小さな諏訪神社さんがあり、これが大蛇であった氏神さまとなる。土地の方によると、香煎饅頭はもう供えぬようで「しとぎ」(といっても大豆製だそうだが)をもっぱらに供えるそうな。
姿は見られぬが、その痕跡が歯型などとなって見られるというのは、竜蛇の話よりは狼やお狐さんのこととしてよく話されるが、なるほど狼山犬と竜蛇の話が交錯する山間ならではの伝といえる。
ところで、この煤川流域ではまた、人に傷つけられた大蛇が意趣返しに流域を押し流し、上煤川に白蛇大権現諏訪大明神と祀られたという話がある(「大蛇山を崩す」)。おそらく同じ諏訪神社のことと思うが(あるいは藤指橋の社か)、ずいぶんと違う感覚が並び語られているということになる。