竜蛇の剣

群馬県利根郡みなかみ町

昔、阿倍八郎宗景という六尺余りの豪壮無比の武士がおり、利根四郷に並びない達人と言われた。ある夏の日、八郎が湯之下川に釣りに出ていると、うつらうつらとする間に足首に蜘蛛の糸のごときものがかかり、川中に引き込まれそうになった。

八郎は大いに怒ると刀を口にくわえ川に飛び込み、引く妖を探した。すると、流木のようなものが沈んでいたので、刀で刺すと、それは俄かに暴れだして、淵の水は大荒れになった。次いで大嵐となり、驚いた八郎は急ぎ逃げ帰った。

その秋は大荒れの日が続いたが、晩秋となり水が引くと、川床に大きな竜蛇の骨があった。八郎は驚き、これは我が太刀を加えた竜蛇だ、(荒れた気候は)竜神の祟りに相違ない、と言った。そして、刀刃にささくれた骨の一部を取って噛んでみると、精気が静かに澄み渡るようであった。

村人たちは、これは竜薬である、と語り合い、後にこの川床を「蛇淵」というようになった。竜蛇を刺した八郎の太刀は「竜神之太刀」と呼ばれ、今も阿部家に伝わるという。(『利根伝説書留記』より)

飯塚正人『異聞 刀祢の伝説』より要約

この阿部家とは例の尾瀬から利根に移ってきたという奥州安倍氏の末裔と伝える一族で、すなわちあの八束脛様の子孫ということにもなる。みなかみ町湯桧曽あたりに今も住んでいる。が、そのあたりのことは今回はさておく。また、「蛇が糸を掛けてくる」という蛇と水の蜘蛛を結ぶ筋でもあるが、そこもさておく。

ここでは、その討伐された竜蛇の骨が、珍重される薬として描かれている事例として引いた。「精気が静かに澄み渡るようであった」と具体的な口に入れた感覚が描かれているところが目を引く。