昔、野反の池には二匹の大蛇の主がいた。ある時、鉄砲ぶちが池の鴨をぶつと、一匹の主が怒り、ナベヅルになって輪になって池から上がってきて、鉄砲ぶちを池に引き込もうとした。鉄砲ぶちは後ろを向いて鉄砲をぶち、逃げ帰った。後で行くと、その主が死んで池が血で真っ赤であった。
また、ムラで大掃除をして、ごみを池に捨てると、翌朝にはきれいになっているといった。池の主がきれいにするのだという。一匹は鉄砲ぶちに殺されたが、もう一匹はいるのだという。
与喜屋で採取された話とあるが、野反の池とは、今の中之条町の野反ダムのことだと思われる。ダム湖ができる前は、一面の湿地で、その中の池を野反池といったという。ただし、そこからの流れは越後へ向かう中津川となるのであり、南の長野原のほうへは流れてはいない。
二つ興味深いところのある蛇のヌシの話だ。ひとつは、蛇が「ナベヅルになって輪になって」鉄砲ぶちを襲うところ。輪になってというのだから、鶴になったのではなく鍋弦になったのだろう。蛇はときどき「転バシ」の怪のようにふるまうが、そのようなイメージだろうか。
もうひとつの注目点は、生き残ったほうの蛇が、池のごみを掃除しているところだ。言うまでもなく、これは榛名湖に入水し蛇体となった姫の侍女たちが蟹となってやっていることだ(「榛名湖の木部姫」)。
実は、榛名湖には姫の大蛇がヌシであるのに、侍女の蟹のほうが禁忌となるのはなぜだ、という問題がある。掃除するのがヌシなのだ、という野反の池のこの話は、そこにヒントを与えるものとなるかもしれない。