大字島の鉄道沿い、熊川の西方一、二町に俗にユウジンというところがある。大窟に湧水が充満していて、周りを森が覆っていたが、今は開墾され水も涸れてきて、昔時の面影はなくなってきている。その近傍に藁龕に注連を垂らした八龍神があった。
時は不詳、この大森を伐採することになり、数人の樵が入ったが、一本の大欅を伐ることができなかった。夕方までかけて入れた斧跡が、翌朝には何事もなかったかのように治ってしまっているのだ。夜を徹してあとわずかにまで伐っても、やはり未明には治ってしまっており、樵たちは慄いた。
その朝、一人の樵が何気なく欅の上のほうを仰ぎ見ると、眼を射る星のような光が五つ六つと増えていき、動いている。驚き怪しんで他の樵たちにも知らせよく見ると、なんとそれは一升樽ほどの大蛇であり、八頭をよれつからみつ、恨めしげに下界を見下ろしているのだった。
樵たちの恐怖は極に達し、みな生気を失って逃げ帰ると寝込んでしまった。これを聞いた里人たちは大欅を御神木とすることにし、大蛇を祀った。これがすなわち八龍神の起因だそうな。しかし、この大欅も明治十七年の東北本線敷設に伴い伐られてしまった。
那須塩原駅の南西、鉄道が熊川を渡るさらに南西側あたりの話だろう。大字島とあるが、今は島方と見える。ブリヂストンなど大きな工場などが進出しているが、周辺の森の中に八龍神(およびその湧水の窟)が現存しているのかどうかはわからない。
八頭の蛇が八匹の蛇なのか、八つの頭をもつ蛇なのか微妙によくわからないが、話自体は大樹そのものを蛇とみた珍しいタイプのものなので、その枝ぶりを八つの頭とみた、という感が強いだろうか。
関東だと他には東京都日野市の大欅の話に見るような、悪蛇が討伐され改心して御神木となった、というような話を見るが(「八坂さまの大欅」)、この黒磯の場合は、先に大樹があり、これが大蛇と変じて現れた、という順番か。