入陽を呼び戻した長者

茨城県行方市

諸井に長者が居り、毎年綾機一駄を帝に献上するのが例だった。その綾絹は霜月朔日の明け六つに馬につけて出発することになっていた。ところが、その年に限って、明日つけ出すというのに日没を前に最後の一反が織り上がらなかった。

帝の召す綾絹故に、日没以降に織ってはならないのだ。織姫は一命を覚悟して、長者にこのことを告げた。長者はそう心配せぬがよい、と織姫に言い、自分が命に替えても日を呼び戻そう、と帝から戴いた金扇を開き、恐れおおくもと唱えながら日輪を招いた。

すると不思議や日輪はするすると空高く戻った。長者も織姫も驚いたが、これで綾絹を織りあげ、都へつけ出すことができた。しかし、この何代か後の長者が奢侈にふけり、滅んでしまったそうな。

堤一郎『ふるさと文庫 玉造町の昔ばなし』
(筑波書林)より要約

霞ヶ浦は玉造(現行方市内)。大蛇と縁のある鳥名木の殿様のいた鳥名木の北隣あたりとなる。時代背景をみると、諸井の長者は麻多智の後裔かもしれない。ともあれ、日を招く、というのは多く田植えに関する話だが、その機織り版があるということがこの事例でわかる。