463 蛇の仇討

『捜神記』

邛都県(四川省)に、一人の老婆が住んでいた。貧乏で一人暮らしの女だったが、食事のたびに、頭に角のある小さな蛇が寝台のあたりへ出て来る。老婆は哀れに思って、食べものを与えていた。

こうしているうちに蛇は次第に大きくなり、とうとう一丈あまりにもなった。ところが、この県の知事がよい馬を持っていたのを、蛇がのみこんでしまったので、知事はたいそう腹を立て、蛇を出せと老婆を責め立てた。老婆が、
「寝台の下におります」
と言ったので、知事はすぐにそこを掘らせたが、掘れば掘るほど穴は大きくなるばかりで、蛇の姿は見えない。知事は八つ当たりを始め、老婆を殺してしまった。すると蛇は人間にのり移って、
「どうしてわしの母親を殺したのだ。母の仇を討ってやるぞ」
と、知事をどなりつけたが、その後は夜な夜な雷や風のような音が聞こえるようになったのであった。

それから四十日ばかりたって、町の人たちは顔を見あわせると、みなが驚いた顔をしながら、
「お前の頭には、どうして魚がのっているのだ?」
と言いあった。そしてその夜、五里四方が町ぐるみ一度に陥没して、湖となってしまったのである。

土地の人たちはこの湖を陥湖と名づけた。ただ老婆の家だけは無事で、今でも残っている。漁師たちは魚をとりに出たとき、必ずその家へ泊まることにしているが、風が出て波が荒れたときでも、この家のそばにいれば平穏で事故がない。風がないで水のすんだ日には、城郭や櫓などの整然と沈んでいるさまが、今でも見えるという。

今、水が浅くなったときには、土地の人びとは水にもぐって昔の木を拾いあげるが、堅くて光沢があり、色は漆のように黒い。近ごろでは物ずきな人びとがそれを枕にするので、進物として用いられている。

訳:竹田晃『捜神記』(平凡社ライブラリー)より原文


『捜神記』より
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