蛇の冠

崔仁鶴『朝鮮伝説集』原文

咸鏡北道のある田舎で、貧乏な夫婦者が農業をしていた。貧乏こそしていたが、正直者の評判は近隣にも鳴りひびいて、誰一人ほめない者はなかった。

ある日、夫は田圃に出て働いていたが、昼になったので、妻が心づくしのご馳走をこしらえて、畔道をたどって行き、途中に清水の湧く所に出た。この清水はどんな旱魃でも水の涸れたことがなく、一群の木立は涼風を吹き起こして、ただでは通り過ぎることの出来ないところである。妻はここにしばし立ちどまって汗をふき、清水を汲もうとして泉に立ち寄った。そして水を汲んで立ちあがろうとすると、水の彼方から一匹の小蛇がチョロチョロとこちらに向いてくる。何気なく見ていると、足下に這ってきた。そのとき妻は、蛇の頭に何か光るものがあるのに気がついた。蛇はまた水を渡って元のくさむらの中に入ったが、妻の足下には、真珠でかざったような美しい小さな冠が落ちていた。彼女はそれを持って夫のところに行った。夫は「その冠は大切にしておこう」といい、宝物として丁寧にしまっておいた。この後、この家はしだいに富み栄えて、村内どころか、近隣の村にも肩を並べる者もないほどの長者となった。

夫婦は安楽にその日を送り、天寿を以って永眠した。
その家は今はその夫婦の孫の代で、以前の如くに富み栄え、その冠もちゃんと残っているという。

三輪環『伝統の朝鮮』一八六ー八七頁 博文館 一九一九年

崔仁鶴『朝鮮伝説集』(日本放送出版協会)より