天馬山と籠岩

韓国:慶尚北道聞慶郡加恩面

昔、玉皇上帝に一人娘がいた。彼女は口号という男と密かに恋をしていたが、上帝に見つかり、口号は人間世界に降ろされてしまった。公主(玉皇上帝の娘)はその際、口号に宝箱二個と白馬一頭を与えた。

口号が(後の)天馬山に降って過ごしていると、阿鼻という娘が泣いていた。訳を訊くと、父が虎に食われて死んだので、仇をとってくれという。口号は彼女の願いを受け、ただちに虎を退治した。これより口号と阿鼻は仲良くなり、阿鼻は妊娠した。ところが、産み月を迎えても子は生まれず、刑期を終えた口号が天上に戻ることになってしまった。彼は悩んだが、阿鼻を連れて天上へと戻った。

このことに玉皇上帝と公主は激怒し、再び彼らを追い出し地上に落とした。このとき乗っていた白馬が落ちて山となったので天馬山という。そして、口号と阿鼻は天馬山の東に落ちて二つの籠岩になった。口号と阿鼻が落ち岩になった後、まもなく一つの岩が半分に割れ、その中から片手に剣を持った力士が生まれた。つまり彼が甄萱である。

崔仁鶴『朝鮮伝説集』(日本放送出版協会)より要約


大蚯蚓を父として生まれたという後百済の甄萱のいまひとつの誕生伝説。この阿鼻が懐妊する際、龍がその懐に飛び込んで妊娠した、という筋を語る場合もあるようだ(黄浿江『韓国の神話・伝説』東方書店)。下の岩から生まれた竜馬との絡みの話といい、甄萱はかなり竜馬と縁をもって語られてきた存在のようである。

馬岩とアチャ山
韓国:慶尚北道聞慶郡籠岩面:甄萱が練武に励んでいると、岩から走り出る一頭の竜馬が現れた。

こちら口号の話を穿ってみるならば、中国的な天界とのすったもんだをばっさり落してみると、これは天馬山(竜馬山に同様する感覚だろう)が生んでいった存在、ということで、例の岩山そのものが竜の卵であって、そこから生まれた異能の人が云々という系統の話だったのじゃないかと感じる。そうして見ることで、竜馬が岩から生まれる(出てくる)という話があれこれ語られることへのヒントになってくるだろう。多分卵生伝説と竜馬伝説をつなぐまた一つの方向なのだと思う。