ナマズの精

『中国昔話集1』原文

一人の物乞いがある日、橋を渡っている時に、橋神さまたちが話しているのを耳にした。
「明朝、仙人がここを通るから、急いで掃除してきれいにしておこう」
物乞いはこの言葉をしっかり覚えておいた。

翌日、夜が明けるや、物乞いはその橋に座って待った。長いこと待ったが、往来する人は多くて、誰が仙人なのか見分けがつかない。やがてはるか遠くから足の悪い乞食がこちらに向かってくるのが見えた。八仙人の李鉄拐は足が悪いから、たぶん仙人はこの乞食だろうと考え、乞食が近づいてくると、ひざまずいて言った。
「仙人さま、どうぞお慈悲を」
その足の悪い乞食は怒った。
「うるさい、仙人だなどと、でたらめをぬかすな」
「仙人さまだと存じております。どうかお慈悲を」
「仙人だと言い張るんだな」と言いながら、乞食は足のできものの膿と汗やほこりをこねて丸めると、「こいつを食いやがれ」と与えた。
物乞いは、そんなに汚いものを見て、ちょっと躊躇したが、仙人のものだからと思い直して、我慢して口に放り込んだ。が、呑み込もうとした時、ムカッと吐き気がして吐き出してしまい、そいつは橋の下の水に沈んでしまった。
この時、川では一匹のナマズが泳いでいたが、この仙人の贈り物を見ると、一口に呑み込んでしまった。たちまち、ナマズは精になり、人の姿に化けられるようになった。

数年後、ある役人と妻が乗った船がここを通りかかり、妻はうっかり金の腕輪を川に落とした。金の腕輪は川底に沈んでいるのが、誰の目にもはっきり見えた。ところが、妻が使用人を拾いにもぐらせても、どうしても拾うことができなかった。
「どうしてこんな簡単なものを誰も拾えないのか。わたしが拾ってこよう」
役人はこう言うと、自分でもぐっていったが、たちまち川にいたナマズの精に食われてしまった。ナマズの精は役人になりすますと、腕輪を持って浮かび上がった。
妻は本物の夫だと思って、喜んで船の中に迎え入れた。

ナマズの化けた役人は、昼間は役所で執務し、夜は役人の妻と夫婦として暮らし、全く変わったところはなかった。ただ、妻は夫の体がひどく冷たくて、人の体でないように感じた。それに、毎晩大桶何杯もの水を汲んでこさせて、水に入ってザーザーと一人で水浴びするが、この時は四方の窓をしっかり閉めて、わずかの隙間も目張りして人に覗かせないのだ。
こんなことは以前の夫にはなかったことで、日がたつうちに妻はだんだんおかしいと思うようになった。ある晩、偽の夫が水浴びしている時、こっそり簪で目張りに穴を開けて中を覗いたら、巨大なナマズが桶の中を泳ぎまわっていた。妻はびっくりして卒倒しそうになった。

妻は急いで人をやって、折伏してくれるようにと張天師を招いた。張天師は頭に挿した道士の簪を抜いて、ナマズの頭に突き刺した。ナマズはもう人の姿に変わることはできなくなった。
後にナマズは張天師に、いつまた人の姿に変われるかと訊いた。張天師は「ここの人々が、夜、五更〔明け方三時から五時頃〕の銅鑼をたたいたら、人の姿に戻れる」と言った。そこで新市〔江蘇〕の一帯では、夜は四更までで、決して五更の銅鑼はたたかない。

『独脚孩子』(浙江、新市)「娘魚精」

『中国昔話集1』(平凡社東洋文庫)より