ナマズの精

中国:江蘇省蘇州市

橋神たちの話を盗み聞いた物乞いが、翌朝仙人が通ることを知り、待ち構えると慈悲をせがんだ。しかし、仙人がこれを食えと与えた汚物を口にすることができず、吐き出された汚物は橋下の水に落ち、ナマズがこれを食べてしまった。

とたんにナマズは人に化けることのできるナマズの精となった。数年後、ここを船で通った役人と妻がおり、妻が水に落とした金の腕輪を拾いに役人が水にもぐった。ナマズは役人をたちまち食ってしまい、役人になり済まして腕輪を持って水から上がった。

終始ナマズは役人になりきって過ごしたが、妻は訝しみ始めた。夫の体はひどく冷たく人でないようになっており、このところは大量の水を汲んでこさせて部屋を閉め切って目張りまでして水浴びをしているのだ。以前はそんなことはしなかった。

ついに妻は目張りに穴をあけて覗き見た。と、そこには巨大ナマズが桶の中を泳ぎまわっており、妻は卒倒しそうになった。すぐさま張天師に折伏を依頼し、ナマズは人に化けることができなくなった。ナマズは張天師にここの人々が五更(早朝)の銅鑼をたたいたらまた人の姿に戻れるといわれた。だから、新市の人々は銅鑼は四更までしかたたかない。
『独脚孩子』(浙江、新市)「娘魚精」

『中国昔話集1』(平凡社東洋文庫)より要約


仙人になり損ねる物乞いの話というのは別にその話の流れがあり、これは冒頭に接木されただけというもののようだ。ナマズが人に化ける能力を得るにいたった説明として援用されたのだろう。

主筋は無論ナマズが役人の「男」を食って化け成り済ます、というところだ。そして、「見るなの禁」が発生しているのである。このモチーフは女の怪の専売特許というわけでもないらしい。

もっとも、隠れるのが女であってこその見るなの禁なのだと定義するならば、このナマズ夫は違うということになるのだが、やっていることは同じだろう。それが何を意味するのかはわからないが。いずれにしても「見るなの禁」と聞いて「それは女の……」とおうむ返しを繰り返すばかりにもいかない、ということだ。

ちなみに、タイプ分類の解説によると「魚の精が」行うことというまとめがなされており、竜蛇というより魚の怪の話として各地で語られているようである。魚類が龍王の眷属であり条件がそろえば龍になるという定式感は中国大陸の方が色濃いので、竜蛇譚の一環としておかしくはないが。