美女蛇と白ムカデ

『中国昔話集1』原文

昔、コオロギを飼う〔闘蟋蟀、コオロギ相撲のため〕のが好きな若者がいた。コオロギ捕りをしていた時、一匹の白ムカデを捕まえた。白ムカデを見たことがなかったので、コオロギのかごで飼うことにした。何日も飼っているうち、コオロギより面白くなって、とてもかわいがり、どこに行くのにもこのムカデを連れて行き、まるで一番の親友みたいだった。

都に科挙受験に行く時も、置いて行くに忍びなかったので、連れて行った。何日も歩いて、人も通らない山奥まで来た時、突然、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。返事をして、あたりを眺め回したが、ひっそり静まり返って人はおろか、一羽の山鳥も見えなかった。

この無人の山を通りすぎると、小さな集落だった。着いた時にはとっぷり日も暮れていたので、宿を借りようと村に入って行った。ふしぎなことに、宿を借りようとすると、村の人はまず、「山道を通っていた時、誰か、名前を呼ぶ声がしなかったか」と訊いた。
「はい、でも姿は見ませんでした」と言うと、「返事はしたか」とこわごわ尋ねられた。「ええ」と答えると、村人はおびえた様子で言う。
「だめだ。今夜かぎりで、君の命はおしまいだ」
「なぜですか」わけがわからず尋ねると、老人が答えた。
「知らないのか。ここの山道には美女蛇という化け物がいる。身体は蛇だが、顔は美女だ。ふしぎなことに、道行く旅人の名を呼ぶのだ。この道を通る旅人には、必ず、一声呼びかける。返事をしなければだいじょうぶだが、返事をしてしまったら、どこへ逃げ隠れしても必ず見つけ出されて食われてしまう。気の毒だが、君も返事をしてしまったなら逃れようはに。谷の向こうに空き家があるから、そこに泊まりなさい。蛇に食われる人のために用意してある空き家だから」

若者は話を聞いてすっかり怖じ気づいたがどうしようもない。谷の向こうの空き家に行って死を待つしかなかった。若者はどうせ自分は死ぬのだからと、連れてきた白ムカデを扉の外に逃がしてやった。 「仲よしの白ムカデよ、おれは美女に食われることになって、もうおまえを飼えなくなった。ちゃんと逃げて生き延びろよ」と言うと、思わず涙がこぼれた。
若者は独り真っ暗な部屋に座り、恐ろしい美女蛇がいつ来るかもわからず、どきどき震えて待った。美女蛇に食われてしまったら、両親がどれほど悲しむことか、兄弟姉妹がどれほど嘆くか考えた。突然、ヒューと風が吹いて、はっとした。きっと美女蛇が食いに来たのだ。心臓がどきどきして、いよいよ恐怖でいっぱいになった。しかし耳を澄ましてもなんの気配もない。若者は今度は仲良しの白ムカデのことを考えた。白ムカデはどこに行ったら自分のような友を見つけられるだろうか。人に殺されるんじゃあるまいか。考えると、心配で涙がぽろぽろこぼれた。

夜もふけた。疲れていつの間にかすっかり寝込んでしまった。ようやく夜明けになり、明るくなってきた。目覚めたら、戸の隙間からさんさんと日が差し込んでいるが、美女蛇はまだ来ない。戸を開けて外に出て、四方を見回すと大きな美女蛇が屋根の上で死んでいて、その隣に白ムカデが死んでいた。恐ろしい美女蛇は白ムカデにかみ殺されたのだ。しかし仲よしの白ムカデも美女蛇にかみ殺されてしまった。若者は喜びと悲しみで泣き笑いした。

『鬼哥哥』「美人蛇和白蜈蚣」

『中国昔話集1』(平凡社東洋文庫)より