寅之助さんとへび

『恵那市史 恵那の昔ばなしとうた』原文

大正の終わりのころのことじゃ。おてんとさまがえんりょのう照りつける、暑い夏の日じゃったげな。

竹折の田中寅之助さん(守平氏の祖父)が、大樫原へ山仕事にいって、杉の切り株に腰をおろいて休んでおらしたげな。そこは、きれいな冷たい水が出るところじゃ。寅之助さんが一服やっておらっせると、黒いいかい(大きい)へんび(へび)が出てきて、寅之助さんに、長いからだをすりつけるようにして
「みい、みい」
と、鳴いたげな。

それから寅之助さんは、この黒いへんびとなかがようなって、毎日、きまって大樫原へ出かけていっては、へんびに食べものをやって、かわいがっておらしたそうじゃ。

このへんびは、秋がきて涼しょうなると、姿をき(消)やし、また、夏になって、暑いときがくると、きっと出てきて、寅之助さんと遊んでくらいた。

ある年の夏、大樫原がたいそう荒れたことがあった。うらなってもらうと
「黒いへんびのつれ(友だち)がどっかに埋まっておるで、それのおまつりをしてやらにゃいかん」
と、いうことじゃった。そいで、寅之助さんは、さっそくおまつりをした。それからというもの、大樫原は荒れんようになった。

寅之助さんは、昭和三年に八十三歳でのうなったが、それからは、黒いへんびも、どこへいっちまったか、姿をあらわさんようになったということじゃ。

『恵那市史 恵那の昔ばなしとうた』より