椀貸の池

新潟県長岡市内:旧山古志村種苧原

中野に大池があって、シマ権現という白蛇がいた。庄屋がジャノヘソ(蛇の臍)という鈴のような臍のような宝を持っていて、このおかげで池に行って色々のお願いを聞いてもらうことができた。

昔はお客が来ても、自分の寝る布団くらいしかなかったから、庄屋さんにお願いして、ジャノヘソを借り池に行き、池のヌシに何を何人前貸してくらしぇ、といって膳椀や莚茣蓙なども借りることができた。

ある時、その庄屋の伜がお嫁さんをもらうことになった。さすがの庄屋もそのための膳椀蒲団など足りなかったので、ジャノヘソを使って池のヌシから借りた。しかし、その後ジャノヘソを床の間に置いておいたら、珍しがった外から来た人に盗まれてしまった。

庄屋は池の土手に行って、借りたものを置いて、ジャノヘソをとられてしまったことを泣いて詫びた。しかし、借りたものはなくなったが、いくらお願いしてもその後は池からは何も出てこなくなったという。

『山古志村史・民俗』より要約


極めて重要な伝承。

各地の椀貸淵伝説は、借りた椀を返さなかった(壊したのを黙ったまま返した)ことによって貸してくれる竜宮との連絡が絶たれるという筋をもっぱらとするが、そうでない話もある。

椀貸淵
山梨県南都留郡道志村:鶏を飼わないという約束を破ったため、淵の姫は膳椀を貸してくれなくなってしまった。

殊に、この山古志の伝説は「じゃのへそ」なる宝物によってその連絡が取り持たれており、それが失われることにより竜宮との連絡が絶たれているという、大変に印象的な話である。

この伝説の一つの核心には、その土地の水利権を持つ大きな家の、その(主として)水利権の妥当性を示す性質があるのじゃないかと思っているのだが、「じゃのへそ」という庄屋の持つ宝物は実にそのようなイメージによく合うものである。

残念なのはその「じゃのへそ」そのものの由来、庄屋家に伝わった理由が語られていないところだが、それは別途あるのだろうか(『山古志村史・民俗』には見ない)。もし、竜蛇がその家の祖にかかわるゆえ、というような伝説があったら、この系統最重要の伝説となるかもしれない。

そして「じゃのへそ(蛇の臍)」というイメージからして、そういったものである可能性は高いだろう。