稲島薬師と鎧潟の大蛇

新潟県新潟市:旧巻町

昔、鎧潟の大蛇が角田山に棲みたいと、欅谷の虚空蔵さまにお願いをした。すると虚空蔵さまは、山に沢が百あったら棲んでよいと言った。そこで大蛇は何回も沢を数えたが、虚空蔵さまが一つの谷を手で隠していたので、九十九しか見つけることができず、諦めて鎧潟へ帰った。

しかし、四月八日と十月八日の薬師の日だけは角田山に登ってもよいと虚空蔵さまが大蛇に許したので、その日は大蛇が昇りやすいように雨が降る。村人たちは、虚空蔵さまの大欅を龍灯といって敬ってきた。伐ろうとものは怪我をするが、その木の皮を煎じて飲むと精神病や神経痛に効くという。

『巻町史 資料編6 民俗』より要約


虚空蔵さまといえば鰻だが、竜蛇と良く関係する例はないのか、ということで、那須の方には虚空蔵さんの化身だという竜神の話などもある。

沼の井八竜神の由来の事
栃木県那須郡那須町沼野井:屋島において那須与一の祈願を受けた竜神が、高館の北に現れた。

それほどに直截的ではないが、虚空蔵さんと大蛇がよく関係している話にはこのような昔話もある、という例だ。これでは果たして大蛇が虚空蔵さんの眷属である、といえるかどうか微妙だが、祭りの日に虚空蔵さんに向けて登ってくる鰻たち、というようなイメージを置換し得る例ではあるだろう。

なお、百谷を一谷隠して九十九谷にするというモチーフも竜蛇譚がらみでよく出てくるので覚えておきたい。百谷あって居心地の良かった谷が九十九谷になってしまったので大蛇が去る、などという話型にもなる。今回の話は「千年の証文」にも近いだろうか。

だまされた大蛇
茨城県常総市:和尚さんが千を十と見せる証文で飯沼の大蛇を騙す。

また、その角田山に登ることを許された日が四月八日と十月八日と、田の神と山の神の交換する時期に近くいわれていることも興味深い。