つばめの恩がえし

『木更津市史』原文

むかし、木更津の成就寺というお寺は、蛇の巣といわれるほど境内に、たくさんのマムシがいて、人をかむやらなにやらで、村の人達はみなたいへん困っていました。
何代目かの和尚さんのときだそうです。 ある春のこと、本堂の軒場にツバメが巣をかけ、その糞のために和尚さんは困っていました。
そこで、和尚さんはある日、ツバメにむかってコンコンといいました。
「ツバメや ツバメや お前えは毎年毎年この軒場にやってきて、半年もの長い間安穏に暮らしているが、そちらはそのようにけっこうなことだが、こちらはどうだ。このようによごされて困ったものだ。本堂をよごすのは、こりゃあどういうわけじゃ。来年もここにきてえと思ったらよ。なんとか、ここのご本尊さまにお礼のことばを申しあげるんだな。」
ほどなく夏もすぎ、涼しい秋がやってくると、本堂のツバメたちは、みんな南の国へとかえっていきました。

さて、年があけてまたポカポカとあたたかくなりましたら、あんのじょうツバメたちが、いつものようにたくさん本堂にやってきました。やがて、本堂の古巣からもさかんにツバメたちの鳴き声がきこえるようになりました。
「ヤレ ヤレ またやってきたか」
と、和尚さんは本堂の軒先を見上げていいました。
すると、一羽のツバメが和尚さんの肩にとまろうとしていました。それを見た和尚さんは、
「このツバメ 妙なことをするわい」
と思いながら、そっと、そのツバメをつかまえて手のひらにのせてみました。みると、何やら口に白いつつみのようなものをくわえていました。ところが、ツバメはそれを和尚さんの手のひらに落して飛び去って行きました。
「さて、去年のこごとが通じたのかな、畜生とはいえ、感心なものじゃ。人間のことばを聞きわけ恩義をわきまえて遠い海の上を、はるばるこうして土産をもってきてくれるとは、ありがたいことじゃ、それにしても中は何かな、どれどれ」
と、つぶやきながら、そのつつみをあけてみました。中に入っていたものは丁度ケシツブのような、こまかいものでした。
「これはなにかな、遠い国のきれいな草花のたねであろう。めずらしい花を咲かせて、ご本尊にあげてくれというのかな」
と思い、和尚さんは、さっそくその種を畠にまきました。

そして、それから一ヶ月、いや二ヶ月たってもまったく芽のでるような様子がありません。そこで、和尚さんは、
「それでは、やはり草花のたねではなかったのかしら」と思って、種をまいたその場所を掘りかえしてみました。そうしましたら、どうでしょう、びっくりしたことに、ちょうど糸屑でもくるめたように、沢山のマムシの子がウヨウヨしていました。
そこで、和尚さんは今までツバメのことを大変感心していただけに、今度は大変情けなくなり、しまいには腹をたてていいました。
「こんなまねをして、人をばかにするとは、なんぼなんでも、ひどすぎる」
ところがどうでしょう、不思議なことがおこりました。

それは、このことがあってからは、どうしたことか、あれほど蛇の巣といわれたこの寺の境内で、ただの一人もマムシにかまれたという人がいなくなったということです。
ツバメは成就寺の悪い蛇のタネをたやそうとして、人をかまないマムシのタネを南の国からもちかえりふやしたのでした。
和尚さんは、そのツバメの行為に感激して、たとえ一時でも、ツバメを憎んだりした自分の方が、よほど愚か者だったと反省しました。
そして、今までのことを、ご本尊さまに申し上げ、お経を唱えてツバメの功徳をたたえるとともに、食いつくされたマムシドモの供養もいっしょにやったということです。

『木更津市史』より