名馬里が渕の蛇

茨城県高萩市秋山

昔、名馬里(なめり)が渕には大蛇が棲んでいるといわれ、近くのいいのん平というところの馬が「思いっ子」を妊娠した。そして、月満ちて産まれた子馬は、頭と前脚は馬だったがあとは蛇という異様な姿であった。

それを見た百姓は世間体を恥じて、ある晩その馬を名馬里が渕に投げ込んでしまった。それからその川に大洪水が起きて、下の方の田畑も家も流されてしまったという。人々は、これは名馬里が渕の蛇の祟りだと噂した。(岩波秀俊「蛇の伝説」)

『茨城の民俗18(蛇・竜の民俗特集)』より要約


良い馬は水辺に産まれ育つといわれ、これは水のヌシの竜蛇と馬との間に産まれる「竜馬」のイメージがその底にある。これは名馬の代名詞である池月・磨墨にもそのような誕生伝説がまま見える。

穏やかな竜馬・良馬信仰ということなら、例えば石巻の弁天島に牝馬を放つと、翌年仔馬を連れて帰ってくることがある、などという話がある。

弁天島と放馬
宮城県石巻市小竹浜:弁天島に牝馬だけ放つと、翌年仔馬を連れてくることがある。

しかし、中にはこの名馬里が渕の伝説のようなハイブリッドの怪物が生まれてしまう話もあるのだ。もともと「名馬里」と字をあてていることからしても、名馬を産する水辺であるということだったのだろうが、今に伝わるのはこうした怪異の誕生と大洪水の伝である。

また、このような水神に連なる馬が、人間の女に懐いて、あるいは猛り狂って云々という、淵の悲劇譚・洪水譚もあちこちにあり、馬娘婚姻譚の方へ繋がる側面もある。