一遍上人時宗開基・部分

参考:『北条九代記』より


……今年鎌倉藤澤時宗念佛の流義草創す開山一遍上人ハ伊豫國の住人河野七郎通廣ガ次男なり家とみさかえて國郡恐れしたがひ武門の雄壯たりけれバ四國九州のあひだ他に耻るおもひなし二人の妾ありいづれも容顔うるハしく心ざま優なりしかバ寵愛深く侍べりきある時二人の女房碁盤を枕として頭さし合せて寐たりけれバ女房の髻たちまちに小き虵となり鱗を立て喰合けるを見て刀を抜て中より斷分これより執心愛念嫉妬のおそろしきことをおもひしり輪廻妄業因果の理をわきまへ發心して家を出つゝ比叡山に上り受戒桑門の形となり……

『北条九代記』「改元付蒙古使被追返並一遍上人時宗開基」より部分

『鎌倉北条九代記』より

追記